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言葉が出てこないのはなぜ?脳と“言語機能”の深い関係を解説
更新日:2025-09-17

言葉が出てこないのはなぜ?脳と“言語機能”の深い関係を解説

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吹き出しと脳の形をかたどった複数のボード

普段の生活で、ぱっと言葉が出てこないことはありませんか?
このような現象の背景には、脳が担う複雑な言語機能が関係しています。

この記事では、脳が言語機能を獲得する過程や低下するメカニズム、日常生活のなかで困ったことがあった場合の対処方法についてご紹介します。

人間が話せるようになるまでの過程と脳の仕組み

子どもは生まれた後の言葉を知らない状態から、「話す・聞く」を中心とした親子のコミュニケーションを通じて言語を獲得します1。この過程には、言語理解と言語産出が関わっています2

ここでは、赤ちゃんが話せるようになるまでの過程と、脳の仕組みについて解説します。

赤ちゃんが話せるようになるまで

赤ちゃんは「いいこ、いいこ」と言ってあやすと笑い、「あう、あう」といった喃語から「ママ」、「まんま、たべる」などと徐々に意味のある言葉を発するようになります。このような言語を理解し言葉を発する過程は、親などとのコミュニケーションを通して身に着けられます2

これらを、言語理解と言語産出の2つの側面でみてみましょう。

言語理解は生後6ヶ月ごろから始まっており2、りんごや靴のような具体的な単語を先に理解します2。生後10ヶ月ごろになると他者の意図を読み取る能力が発達し、「全部なくなった」などの抽象的な概念を理解できるようになります2

生後11~14ヶ月になると、新しい話し手の言葉を受け入れつつ、言語音の解釈を再編成する適応能力が発達し、誤った発音に対して敏感になります2

言語産出は生後5~6ヶ月ごろからの喃語に始まり、生後10~11ヶ月ごろから、介護者の言葉や周囲の環境にある対象物の子音と一致する喃語を話すようになります2。その後の言語産出は、言語理解にあわせて発達していきます。

これらの言語理解や言語産出は、脳の発達の影響を受けます。

生後から3歳にかけて前頭前野(ぜんとうぜんや)の神経細胞は急激に成長します1

その後、学童期にかけて側頭葉や頭頂葉などの神経細胞が成長し、語彙力など言葉の知識を獲得します。さらに、思春期ごろから、前頭前野の神経細胞が再び急激に成長し、自らの経験など様々な情報を複合して、論理的な思考を本格的に展開することが可能となります1

このように、赤ちゃんは脳の発達にあわせた言語理解と言語産出を通して成長し、言語を獲得します。

言葉を発するときに脳で起きていること

言葉を発するとき、脳では複数の領域を使った言語理解と言語産出のプロセスが行われます。

聞いた言葉は左半球の側頭葉のウェルニッケ感覚性言語野(げんごや)という場所で理解されます3

理解した内容から発話に至るまでのプロセスは、左半球のブローカー野という場所で意味処理、語彙(ごい)処理、音韻処理、調音処理などが関わっています4。さらに、語彙処理における語彙検索の際には、脳の眼窩部と三角部が、語彙選択の際には一次運動野という部位も関わっています4

このような複雑な脳のネットワークにより、スムーズな会話が成立します。

脳の言語機能が低下する過程とメカニズム

言語機能は、生涯を通じて常に一定に保たれるわけではありません。加齢によって少しずつ衰えていくこともあれば、脳卒中や認知症などによって急激に失われる場合もあります。

ここでは、脳の言語機能が低下していく過程と、その背後にあるメカニズムについて概観します。

脳の言語機能が失われていく過程

加齢によって、言葉を発するスピードが遅くなったり、話が的を射ていないなどの状況は起こりやすくなります。また、舌先現象と呼ばれる、「喉まで出かかっているのに思い出せない」という現象も目立ちます5

ほかにも、脳卒中などによる局所的変化が脳に生じると、急激な言語機能の低下が起こることがあります。さらに、認知症における緩やかな脳の変化でも、言語機能は徐々に失われてしまう可能性があります。

脳の言語機能が低下するメカニズム

年齢を重ねると、言葉の知識そのものはしっかり残っていることが多いものの5、脳の一部の働きが衰えることで舌先現象が起こりやすくなります。

さらに、考えるスピードが遅くなったり、余計なことを頭から追い払うのが難しくなったり、複雑な作業を同時にこなす力が弱まったりすることで6、少しずつ言葉を扱う力全体が落ちてしまいます。

認知症などの場合はさらに、神経細胞の変性や脳の経路の断絶によって、意味理解や文法処理自体が障害されます。特にアルツハイマー病では意味記憶ネットワークの崩壊が7、前頭側頭型認知症では前頭・側頭葉の萎縮が中心的役割であることが示されています8

つまり、「言葉が出にくい」という現象の背後には、加齢と疾患で異なるメカニズムが存在します。

言語機能の低下によって生じる言葉の困りごと

言語機能が低下すると、日常生活のなかで「言いたい言葉がなかなか出てこない」、「相手の話の意味を理解できない」、「文章を組み立てられない」など、ちょっとした不便からコミュニケーションが難しい状況まで、さまざまな困りごとが生じます。

ここでは、具体的にどのような症状で困るのかについて解説します。

抽象的言語・概念・記号の表す意味を想起できない

言語機能の低下により、語義失語という抽象的言語・概念・記号などの意味がわからなくなる病態が見られることがあります9

文字や音の情報を認識することはできても、頭の中で意味が結びつかないため、会話や文章の理解が難しくなってしまいます。

具体的には、自由や希望などといった抽象的な言葉や、トイレの入口の記号などの意味を思い出すことができないなどの現象がみられます。

名詞や固有名詞からその内容やイメージを想起できない

物の名前を聞いてもそれが何を指しているのか思い出せない、道具などの名前を理解しても使い方のイメージがわかないといったことが生じることもあります10。前者は語義失語に含まれ、後者は観念失行に含まれます。

語義失語の場合は、鉛筆をみてもそれが「えんぴつだ」と答えることができません。このほか、富士山のような固有名詞を示されても山を思い浮かべることができません。

観念失行の場合は鉛筆をみて「えんぴつです」と答えることができても、それが書字に使うものであるとわからずに呆然としてしまいます。

使い慣れた日常単語・漢字・記号が読めない・想起できない

使い慣れた日常単語・漢字・記号が読めなくなったり想起できなくなったりするタイプの言語機能の低下もあります。すべての失語でみられる喚語困難の症状のほか11、失読や語義失語といった言語機能の低下でみられます。

喚語障害があると、はさみを持ってきてほしいのに、はさみの単語を想起できないため「あれ持ってきて、ええと、切るやつ。」などの迂遠な表現をしやすくなります。また、失読の場合は「師走」を「しわす」と読めなくなったり、語義失語の場合は「=」を読めなくなったり想起できなくなったりなどの現象が起こります。

文法・複数の単語の組み合わせを理解できない

単語の理解だけではなく、単語同士の組み合わせや文の理解が難しくなることもあります。

このようなパターンでは、聴覚による理解や文字言語の理解だけでなく、短期記憶や作業記憶なども複雑に関わっているため、単純に特定の失語のタイプであると分類することはできません。

会話の内容が理解できないために、呼びかけに対する動作や返答などの反応が的外れになることがある一方で、「立ってください」や「お名前は何と言いますか」という質問には答えられることもあります。

自分の考えを言語化できない

自分の考えを言語化できなくなることも、文法・複数の単語の組み合わせを理解できなくなることと同じように、さまざまな脳の機能が関わり合っているため、特定のタイプの失語を案内することはできません。

頭の中で思い描いた言葉がうまく出ずに、たどたどしい短文になるものもあれば、直前の会話の内容に全く関係のない、造語交じりで意味の通じない長文になるものもあります。また、発話はできないが筆談なら可能といった特殊なタイプもあります。

「わかっているのに思い出せない」状態は改善できる?

さまざまな言語機能の障害についてご紹介しましたが、これらの言語障害のほとんどは疾患などによる症状が占めています。

一方で、正常加齢で遭遇しやすいのは「わかっているのに思い出せない」状態、すなわち舌先現象です。この語想起のエラーは工夫次第である程度改善する可能性があります。

例えば、「リンゴ」と答えさせたいときにあらかじめ「りんり」などの音の一部が重なる単語を発音させると、舌先現象が解消されやすくなる可能性があります12

ほかにも、人や場所の名前を普段から繰り返し思い出して発音することも、改善のための手段の1つとなるかもしれません。なぜなら、舌先現象は想起頻度が低い名前や最終想起から時間が経過した名前に生じやすいと言われ13、特に想起回数が100回未満、最終想起から2年以上経過している場合に、その傾向が見られやすいとされています。

つまり、日頃から会話の習慣を持ち、なるべく人や場所などを話題に挙げることで「わかっているのに思い出せない」状態を改善させることができるかもしれません。

言語機能の困りごとは便利なツールと工夫で対処しよう

言語機能の困りごとに役立つツールを使ってみるのもよいでしょう。
日常生活では、スマホのメモ・音声入力・写真付きの予定表などを活用するとよいかもしれません。

また、言語機能だけでなく、認知症そのものに関して使えるチェックリストで点数をつけてみるのも1つの方法です。自分自身の現在地を知ることで早めに対処できます。

まとめ

言葉が出てこない背景には、さまざまな背景がありますが、そのメカニズムを理解し、工夫をすることで、日常生活での困難をやわらげることができるかもしれません。

日々の会話から言葉を育てる練習をして、心を磨くコミュニケーションをとりましょう。

(参考文献)
1, 文部科学省:第1 国語力を身に付けるための国語教育の在り方.
[https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/attach/1418974.htm](最終閲覧日:2025年8月23日)

2,Jing An:Empirical research in early infancy language acquisition: A nonsystematic review ofliterature.Adv Dev Educ Psychol. 2024;5(1):175-84.

3, 植村研一: 脳科学から見た効果的多言語習得のコツ. 認知神経科学.2009;11(1):23-9.

4, Christopher R,et al:Network dynamics of Broca’s area during word selection.PLOSONE. 2019:Dec.(20);1-30. 

5, Meredith AS. Language in the aging brain: the network dynamics of cognitive decline and preservation.Science.2014;346(6209):583-7.

6, Ayanna KT, et al.The Cambridge Handbook of Cognitive and Aging A Life Course Perspective.CAMBRIDGE UNIVERSITY PRESS.
[https://api.pageplace.de/preview/DT0400.9781108607070_A45554581/preview-9781108607070_A45554581.pdf](最終閲覧日:2025年8月23日)

7, Israel MN, et al:Chapter 11The Deterioration of Semantic Networks in Alzheimer’s Disease.Alzheimer’s Disease [Internet].Wisniewski T, editor.Brisbane (AU): Codon Publications; 2019 Dec 20.
[https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK552151/](最終閲覧日:2025年8月23日)

8, Sha AM: A comprehensive review on frontotemporal dementia: its impact on language, speech and behavior.Dement Neuropsychol.2024;18:e20230072.

9, 小森憲治郎.Semantic Dementiaと語義失語.高次脳機能研究.2009;29(3):328-336.

10, 豊田拓磨.観念運動失行症例の箸操作に着目した一例─箸の把握形態の学習により疲労が軽減した介入報告─.作業療法.2023;42:622-9.

11, 石合純夫.失語症患者のリハビリテーション.Jpn J Rehabil Med.2014; 51:267-70.

12, Meredith AS.On the Tip-of-the-Tongue: Neural Correlates of Increased Word
finding Failures in Normal Aging.J Cogn Neurosci. 2007;19(12):2060-70.

13, James CB.Mnemonic factors associated with the tip-of-the-tongue phenomenon.nature portfolio Scientific Reports.2025;15:14316.