「今日の夕飯はカレーを作ろう」「この用件を先に済ませて、あの業務に取り掛かろう」「週末はあそこへ出掛けよう」
こうした日々のちょっとした段取りや選択には、実行機能(遂行機能)と呼ばれる脳の働きが密接に関わっています。この実行機能がうまく働かなくなると、これまで自然にできていたことが難しく感じられたり、なんとなく生活に負担を感じるようになることがあります。
この記事では、実行機能が働く脳の仕組みや、低下するメカニズムと起こりうる変化、そして暮らしの中でできるちょっとした対策について解説し、日々のやりたいことを少しでも心地よくするために、今日から取り入れられるヒントをお届けします。
行動するときに脳の中で行われていること
私たちは日々の暮らしの中で、「何を」「どのように」「どのような順番で」進めるかを考えながら行動しています。こうした段取りや調整を可能にしているのが実行機能(または遂行機能)です1。
実行機能の中心的な役割を担うのは、脳の前方にある前頭葉です。特に、前頭前野(ぜんとうぜんや)は、状況に合わせて情報を整理し、行動の順序を決める司令塔のような役割を果たします1。これに加えて、記憶や感情の処理などを担当する他の領域と連携して2ネットワークを形成することで、スムーズな行動につなげています。
つまり私たちが何かをしようと思って動くとき、脳の中ではいくつもの部位が、チームのように協力し合って働いているのです。
なぜ段取りや計画が難しくなるの?
なぜ段取りや計画を立てることが難しくなるのでしょうか。鍵を握っているのは、実行機能を支える脳のネットワークです。
実行機能には、代表的な3つの要素があります3。
①抑制:自身の行動や思考、感情をコントロールする
②ワーキングメモリー:必要な情報を頭の中に保持しながら行動を計画する
③認知柔軟性:状況に応じて解決策や優先順位を柔軟に変える
脳のネットワークは、これらの要素が連携して働くよう調整する役割を果たします。このネットワークがうまく機能しなくなると、要素同士の連携が崩れ、段取りがうまくできなかったり、計画を実行に移せなかったりなどの状態が生じます。
実行機能が低下することで生じる問題とメカニズム
以前は難なくできていたことが急にやりにくく感じられるとき、実行機能の変化が関わっている可能性があります。実行機能の変化によって起こりやすい具体的な問題と、土台になっている脳のしくみについてご紹介します。
実行機能の低下によって起きる問題
実行機能が低下すると、思考・判断・行動の一連の流れに影響が出ます。その結果、以前はできていたことが難しく感じられるようになります。特に次の4つは、日常で目立ちやすい変化です。
簡単な数の計算ができない
買い物中に値段の合計がすぐに出せなかったり、来月の予定までの日数を暗算できなかったりと、簡単な計算につまずくことがあります。
小さな環境変化に対応できない
予定のキャンセルや時間の変更があると、気持ちや行動の切り替えに時間がかかったり、混乱してしまったりすることがあります。例えば、交通機関の遅延で代替ルートが思いつかずに立ちすくむケースや、急な来客にうまく対応できないケースがあります。
慣れ親しんだ手続き・習慣を想起・実行できない
料理を作る、お風呂に入るといった日常の動作ができなくなることがあります。目標を立てても具体的な手順を組み立てられない、あるいは計画どおりに動けないという実行機能障害の特性によるものです。
複数のモノ・コトから正解や最適解を選択・判断できない
複数の選択肢から最適なものを選べない、物事の優先順位をつけられないといった状況が起こります。例えば、買い物リストの購入順を決められない、仕事の着手順を判断できない、会議の内容をうまくまとめられないといった場面が挙げられます。
実行機能が低下するメカニズム
実行機能は、前頭前野を中心とし、基底核(きていかく)や側頭葉など複数の部位が連携する神経ネットワークによって支えられています1,2。このネットワークは、情報を短期記憶にとどめ、情報を取捨選択し、優先順位をつけるといった日常生活に欠かせない高度な働きを担っています4。
しかし、アルツハイマー型認知症をはじめとした認知症や脳卒中などの病気、頭部外傷、加齢、睡眠不足、強いストレスなど4,5によって、このネットワークの機能が損なわれると、計画や段取りの力が低下します。
このように、脳の病気に限らず、生活習慣や環境の変化を含めたさまざまな要因が、実行機能に影響を与える可能性があるのです。
実行機能が低くなることで起きやすいトラブル
実行機能は、考えたことを適切な行動へと結びつけるための中核的な能力です。そのため、機能がうまく働かないと、日常生活の多様な場面で小さなつまずきが生まれやすくなります。
例えば、以下のようなトラブルが実行機能の変化によって起こりやすいと考えられます。
● 出かける準備に手間取り、約束に遅れる
● 家事や作業のミスが増え、家族や友人との関係がぎくしゃくする
● 仕事の手際が悪くなり、同僚や取引先から指摘や苦情が増える1
● 電車で乗り継ぎができず、目的地にたどり着けない1
実行機能がうまくいかないときに実践したいこと
日常生活で実行機能が働きにくいと感じるときでもできることがあります。
キャッシュレス決済を活用する
簡単な計算ができないという場面には、キャッシュレス決済が役立ちます。おつりの計算や小銭のやり取りがなくなり、ATMに行く手間も省けます。また、多くのサービスでは支出が自動的に記録されるため、家計の管理もスムーズです。
ただし、個人経営の飲食店や理美容室では使えない場合もあるため、出かける前に確認しておきましょう。
計算問題やパズルで計算機能を強化する
ワーキングメモリは訓練によって改善できることが報告されています6。計算問題や脳トレアプリが便利です。例えば、読み上げられた数字に足し算をして口頭で答える(暗算)7、数独やクロスワードパズル8など、こうした遊び感覚のトレーニングは、発想力や思考の切り替えを養い、日常の判断力もサポートします。
混雑していない時間に店や役所などに行く
人混みや騒がしい場所は、過剰な刺激となって判断力や集中力を乱すことがあります9。買い物や外出は、できるだけ混雑の少ない時間帯を選ぶと安心です。
家庭内ではイラストや大きな文字で手順を表示しておく
先の見通しが立てやすい環境づくりは、段取りの負担を減らします。
玄関やリビングの目につく場所にホワイトボードや大きなメモを貼り、スケジュールや献立などを可視化しましょう10。トイレや自室など、必要な場所にはイラストを添えるとより分かりやすくなります。
まとめ
私たちが普段何気なくしていることには、考えて行動する役割を持った実行機能が深く関わっています。認知症や脳卒中などの病気や加齢、環境の変化によって実行機能は影響を受けることがありますが、その存在を理解し、身近な工夫を加えることで負担を減らすことに繋がります。小さな一歩から、明日の暮らしをより快適に、そして自分らしくしていきましょう。