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道に迷う・机の角にぶつかる…脳の“空間認識機能”がうまく働かないときのちょっとした工夫
更新日:2025-09-17

道に迷う・机の角にぶつかる…脳の“空間認識機能”がうまく働かないときのちょっとした工夫

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道に迷っているイメージの画像

「あれ?いつものスーパーなのに、駐車場のどこに停めたか分からない」、「最近、机の角によくぶつかるようになった」このようなことが増えていませんか?

脳の空間認識機能は、私たちが日常生活をスムーズに送るために欠かせない働きですが、年齢とともに変化が生じるのは自然なことです。ここでは暮らしに無理なく取り入れられるちょっとした工夫をご紹介します。

脳の空間認識機能とは?

私たちが当たり前のように行っている、歩く・運転する・物を取るといった動作には、脳の高度な働きが密接に関わっています。空間認識機能は、日常生活を支える重要な能力の1つです。

この機能について正しく理解することで、年齢を重ねて起きる変化を前向きに捉え、適切な対策を講じることができるでしょう。

空間認識機能の基礎知識

空間認識機能とは、自分の位置や周囲の物の位置関係を把握する能力のことで、目的地に迷わず到着できることや、歩きながら人や物を自然に避けられるのは、この機能のおかげです。

この機能は目で見た情報だけでなく、身体のバランス感覚や手足の位置を感じる力など、複数の感覚を脳がまとめて判断することで成り立っています1。まるで身体の中に小さなナビゲーションシステムがあるような仕組みですね。

道を覚える方法にも、2つのタイプがあります。1つは自身を中心とした道順記憶1で、ここを右に曲がって、まっすぐ200メートル歩くといった体感的な覚え方です。もう1つは地図的な記憶1で、駅の向こうに見える公園の左側を通ってといった鳥の目で見たような覚え方です。

どちらも脳の違う部分が担当していて、年齢を重ねると少しずつ変化が生じてきます1。大切なのは、その変化を理解して上手に付き合っていくことです。

空間認識機能がうまく働かないときに起こりやすい困りごと

空間認識機能に少しずつ変化が現れると、日常生活でどのようなことが起こるのでしょうか。多くの場合、初めはちょっとした違和感から始まります。いつもと何かが違うと感じる程度の小さな変化ですが、それらを知っておくことで、早めの対策を立てることができます。

迷子になってしまう

空間認識機能に変化が起きると、これまで何度も歩いた道や訪れた場所でも、進む方向に自信が持てず、思わず立ち止まってしまうことがあります。そんな小さな迷いが、気づかないうちに日常のあちこちで増えてきます2

例えば、いつものショッピングモールで、トイレから売り場に戻る道が分からない、駐車場で車の位置が思い出せないといったことです。また、住み慣れた街でもこの角を曲がったらどこに出るのだろう、と不安になることもあります。そのような時に慌てずに対処する方法を知っておくことが大切です。

壁や柱などにぶつかる

ドアの枠に肩をぶつける、階段で足を踏み外しそうになる、といった経験が増えてきたこともあります。立体視の低下で、奥行きの距離感がつかみにくくなるためです3

特に夕方や照明の薄暗い場所で起こりやすく、車の運転でも距離感を見誤ることがあります。

わずかな隙間や構造物が怖くなる

アルツハイマー型認知症などでは、空間認識と視覚コントラストの識別が低下しやすく、床の模様や影を段差や穴などの障害物と見間違えて立ち止まることがあります。本人にとっては本当に危険に見えているのです。

おとろえた空間認識機能は改善できる?

空間認識機能は加齢などの要因で衰えることがありますが、鍛えたり補ったりすることが可能です。

近年の研究で、バーチャルリアリティを使った訓練で、実際に空間認識の課題成績が向上したという報告があります4。仮想空間で道順を覚えたり、物の場所を探したりするゲーム感覚の訓練は、高齢の方にも受け入れられやすく、効果も期待できます。

さらに、日々の生活習慣も重要です。運動習慣のある方は認知機能が良好で、有酸素運動は海馬の働きを助けるという研究もあります5。複雑な街中を歩いて買い物に出たり、友人と新しい場所に出かけたりすることも、脳に良い刺激を与えてくれます。

つまり、アクティブに外出を楽しみ、新しいことにチャレンジし続けることが、空間認識機能を含めた脳の健康維持につながります。

ご自宅の環境を整えてみましょう

ご自宅の環境を少し工夫するだけで安全性と快適性が向上しますし、特別な工事は必要ありません。今日からでも始められる方法をご紹介します。

分かりやすい目印とすっきりした間取り

まずはどこに何があるか一目で分かる環境作りから始めましょう。トイレや寝室などの重要な場所には、見やすい表示やお気に入りの写真を飾ってみてください。ここは〇〇の部屋と認識しやすくなります。

廊下や部屋の配置も大切です。できるだけ見通しを良くし、同じような扉がたくさん並ばないようにしましょう。お気に入りの絵や置物を要所に置くことで、自然な目印になります。

 見やすい色使いと明るさの調整

色の使い方ひとつで、安全性が大きく変わります6。床と壁、壁とドア、手すりと壁の色をはっきりと分けるなど、機能ごとにエリアを明確に区別するなどの案内表示の工夫をするとよいでしょう7。ドアノブやスイッチなど操作する部分は目立つ色にし、逆に触れてほしくない部分は背景と同じような色にするという工夫も効果的です。

照明は明るく均一にすることがポイントです。明るさは300〜700ルクスで手元の文字がくっきりと見える程度に維持するようにしましょう。夜間はトイレまでの道のりに足元灯をつけると、安全に移動できます。

心地よく過ごせる空間づくり

単調すぎる環境は、日付や場所の感覚を鈍らせやすいため、適度な刺激も必要です6。季節の飾りつけやカレンダーで時間感覚を保ったり、昔馴染んだ家具や写真を配置して懐かしい気持ちを呼び起こしたりする工夫も効果的です。

ただし、刺激が強すぎると不安を招くため、基本的には落ち着いたトーンでまとめつつ、要所にお好きな色やモチーフを使うバランスが理想的です。

道に迷う、壁にぶつかるなどのトラブルが増えたときは

「最近、道に迷うことが増えたかも」と感じ始めたとき、それは健康管理に気を配るよいきっかけになります。ここでは、日常生活で実践できる具体的な対応方法をご紹介します。

セルフチェックと記録をつけてみる

まずは、ご自身の変化を客観的に把握してみましょう。なんとなく気になる、というくらいの感覚であっても具体的に記録することで、実際の困りごとがよく分かります。

例えば、1週間程度、以下のようなことがあったかどうかをメモしましょう。大型商業施設で駐車場所を忘れた回数、いつものルートで一瞬迷った経験、家具の角にぶつかった回数などです。意外に思っていたほどではなかったということや確かに増えているなど、印象を客観視できることもあります。

記録をつける際は、その時の状況も併せて書き留めておきましょう。疲れていた時間帯、睡眠不足の日、ストレスの多い時期などの要因が見えてくるかもしれません。

生活習慣の見直しから始める

空間認識機能の維持には、規則正しい生活習慣が大きく影響します。まずは基本的な生活リズムから見直してみませんか。

十分な睡眠は脳の健康維持に欠かせません。特に深い睡眠中に脳の老廃物が洗い流されるため7、質の良い睡眠を心がけましょう。就寝前のスマートフォンを控える、寝室の温度を適切に保つ、規則正しい就寝時間を設けるなど、できることから始めてみてください。

また、適度な運動習慣も効果的です。ウォーキングなどの有酸素運動で無理のない範囲で身体を動かすことは、空間記憶能力の維持・向上に役立ちます8。新しいルートを歩いてみる、階段を使うようにするなど、日常の中でちょっとした変化を取り入れることも脳への良い刺激になります。

まとめ

空間認識機能の変化は、年齢とともに多くの方が経験する自然な現象です。大切なのは、この変化を恥ずかしがったり隠したりせず、前向きに向き合うことです。

適切に状況を理解して対策することにより、安全で快適な日常生活を続けることは十分に可能です。有酸素運動を続ける、新しい場所への外出を楽しむ、自宅の安全性をチェックするといった身近なことから始められます。

いつものルーティンに、今回ご紹介した小さな工夫をひとつずつプラスして、あなたらしい快適な暮らしを続けてみましょう。

(参考文献)
1, Verghese J, et al: Spatial navigation and risk of cognitive impairment: A prospective cohort study. Alzheimers Dement. 2017;13(9):985-92.
2, Davis R, et al: Wayfinding in ageing and Alzheimer's disease within a virtual senior residence: study protocol. J Adv Nurs. 2016;72(7):1677-88.
3, Javaid FZ, et al: Visual and Ocular Manifestations of Alzheimer's Disease and Their Use as Biomarkers for Diagnosis and Progression. Front Neurol. 2016;19(7):55.
4, Tuena C, et al: Embodied Spatial Navigation Training in Mild Cognitive Impairment: A Proof-of-Concept Trial. J Alzheimers Dis. 2024;100(3):923-34.
5, Boa Sorte Silva NC, et al: Physical exercise, cognition, and brain health in aging. Trends Neurosci.2024;47(6):402-17.
6, Mehrdad Ghamari, et al: Dementia Friendly Buildings—Approach on Architectures.Buildings .2025;15(3):385
7, Fultz NE, et al: Coupled electrophysiological, hemodynamic, and cerebrospinal fluid oscillations in human sleep. Science.2019;366(6465):628-31.
8, Erickson KI, et al: Exercise training increases size of hippocampus and improves memory. Proc Natl Acad Sci USA. 2011;108(7):3017-22.